GOJARAPPE DAYS〜個人的な備忘録〜

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zoom RSS 2000年9月

<<   作成日時 : 2011/09/21 22:34   >>

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2000年9月、自分は妊婦だった。たぶん、もう子どもを授かることもないだろうから、生涯1度きりの日々。身軽なうち(身重なんだけどさ)に行けるところに行っておこうと思い、豊田市で南米からきた日系人の子弟の教育にかかわる活動をしている知人を訪ねる計画をたてていた。ところが、東海豪雨に見舞われた愛知県。「子どもの学校が流されたりしてちょっと大変なのよ」とかなんとかいうメールが来て、日程を少しのばしたので、とてもよく覚えている。

安定期に入っていたのでお腹は結構目立っていたためか、知人の周囲は「妊婦の友だちが東京から来た」とおどろいていたそうだ。

当時、愛知県や岐阜県には、ブラジル人学校がいくつかあったが、豪雨で浸水して休校になってしまったり、閉鎖されてしまったりして、遠い学校に何時間もかけて通わなければならないという子たちが随分いたようだ。

それでも学校に行けばいいほうで、そのままドロップアウトしてしまい、さりとて日本の学校にも適応できずに宙ぶらりんになってしまう子どもたちもいただろう。それでも、行政の支援は得られない。

教育を受ける機会が脅かされようとしているのに、何の手も差し伸べられないなんて、災害弱者という言葉の意味をかみしめた。

当時、日本語も母国語も中途半端なまま、義務教育年齢の子が工場で働いてることも指摘されていたが、知人はそういった子どもたちに日本語などの補習する活動を行っていた。

文化も価値観も違うなか、手間暇のかかる地道な試みに、迷いながら取り組んでいた。あの子たちはいまどうしてるのかな。

彼女とは、数年前に東京で久々に会ったが、相変わらず迷いながらも着実に活動を広げていたっけな。

検索したら、東海豪雨は2000年9月11日〜12日にかけて起こったんだね。21世紀になった最初の月に私は無事子を産んだが、東海豪雨の1年後、同時多発テロが起き、その後も中越地震やスマトラ沖地震などの災害やリーマンショックなどの大きな社会の変化があり、東日本大震災がありと、激動の日々。そんな時代に私たちは生きているんだなと改めて思う

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
私は同時多発テロの時に第2子妊娠中で、ちょうど超音波検査で男子らしいと判明した日の夜でした。

で、翌々日くらいにバスに乗り込んだ際、車内全員の視線がスカーフ姿の私に一斉に集中した時、これからの世の中がどうなってしまうのか、と不安になったのを覚えています。
その後はアフガン参戦、バリ島テロ、イラク・・・激動ですね。
フラ
2011/09/24 20:44
フラさん
歴史はいつも激動ですな

2011/10/02 23:16

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