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zoom RSS 被災地のボランティア雑感

<<   作成日時 : 2011/08/24 01:15   >>

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自分史上、最大に取材の多い、今月、来月。

まぁ、自分史上なので、他の人から見たらなんてことないのかもしれないが。

取材しながら思ったいろいろなことを書きたいのだが、なかなかブログに向かう時間がない。そもそも、発表もしていない取材中のことをブログとかにあげるのってNGな気がして、躊躇している。

「○○さんにお会いしました」みたいなことを書いてるライターさんを見ると、許可は取ってあるんだろうけれど、形になる前に、誰に取材したとかなんとか、書いてしまっていいのかっ!とツッコミたくなる。考え方が古いのだろうな

ここのところ、取材をしていて、よく思うのは、ボランティアってなんだい?いったいどこまでやればいいのかい?
という根本的な問い。

被災地のニーズは本当に変化していて、誤解を恐れずに言えば、緊急支援の段階は終わったと思う。

もちろん、地域差はあるし、特に福島の人にとってはまだ先の見えない状態が続いているので、この辺りの表現は難しいんだけれど、避難所から仮設に移り、被災地が自立するためにボランティアがどうあるべきかを考えないとならない時期に来たというのは確実にいえると思う。被災者がはもちろんだけrど、被災地が自立するためにと考えることが必要なんだと思う

がれきの撤去などはまだまだ必要だけれど、それだって、ボランティアが心を込めてやるのではなく、地元の業者にもっと回して雇用を増やす形にしなければいけないだろう。

物資の支援についても、個別には必要だろうけれど、何もかもを送ればいいというのではなく、被災地で買い、地元に金を落とすという当たり前の売買を取り戻すために何ができるのかを考えないとと思う。

だからこそ、ボランティアはどこまでやればいいのか。この問いは本当に難しいんだ

この間、岩手で避難所や仮設を回ってケアしている東京の鍼灸師さんとお会いしたんだが、ボランティアとしてどこまで活動していけばいいのか、ボランティアで施術することが地元の鍼灸師さんの仕事を奪うことにならないかと迷っているという話をしていた。

地元で活動している人にアレンジをお願いして、鍼灸院が流されてしまったような鍼灸師さんと一緒に活動しつつ、最終的に、その方の仕事に結び着くような活動を構築できないかと模索していた。それがうまく回ると成功事例が生まれるかもしれないと思った。

ボランティアが雇用を奪ってはもちろんいけない。一方で、ボランティアで来てくれるプロの手を借りないと、被災した人への対応はできないという被災地の現状もある。

それでも、私たちはやり過ぎてはいけないんだと思う。善意をフル回転させる段階は、終わったことを頭の片隅に入れつつ、目の前の人は、何を求めているか、ボランティアに何ができるかを考えていかないと、被災した人を支援漬けにしてしまいかねない

写真は気仙沼のはじっこのほうで、偶然、見ることができた地域の復興祭

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